16 1 / 2012

わたしは今日まで生きてみました

吉田拓郎の『今日までそして明日から』は有名な
「わたしは今日まで生きてみました」
ではじまるわけですけど、これ
「わたしは今日まで生きてきました」
じゃないんですね。

この「生きてみた」と「生きてきた」のひと文字のこだわりに
なんとも詩的で挑戦的なメッセージを感じますね。

と同時に必死さがないというか、
じつに自由で開放的な印象も受けます。

とりあえず「生きてみた」けど、この先は知らないよという
達観した感じがしませんか。
ぼくはこういうスタンスが好きですね。

命を粗末にするというのとはちょっとちがうんだけど
(『カイジ』では そんなセリフもあったけど)
大事にしすぎないというか、なんのために生きているのかを
真剣に考えるってのはじつはそういうことなのかもしれません。

つまり。
死なないために生きてるなら「生きてきました」なんだろうけど
いつ死んでもいいように、日々の選択を自分でやってれば
「生きてみた」という表現になるのかもしれない。

後悔はきっとするんです。
自分で選択したところでまちがいも失敗もあるでしょうし。
だけど、自分で決めたから受け入れられる。
たぶんそうやって喜怒哀楽をすべて当然あるものとして引き受けて
「ま、いっか」という諦観もありつつ生きるということは
少なくとも、ぼくにとっては理想的だなあ。

ぼくは今日まで生きてみました。

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